私は被害者でもあるという言い訳に包まれている。

注意

いじめの内容についての書き込みがあります。

トラウマなどがある方は閲覧にお気をつけください。

最初の説明

ここではいじめと言う曖昧な表現を利用していますが行っているのは世間で批判されている通りのことです、その言葉は曖昧でありそれの恩恵を受けているイジメ加害者です。

とあるサイトのコメント欄であったイジメを減らす方法として「いじめ」という言葉を使わないべきではないかは正しいと思います。

そのためここではイジメという言葉を利用させてください。

カタカナにすることに意味があるかはわかりませんがいじめの代用の言葉がないこれが最善だと考えています。

私はイジメの加害者であり被害者です。

今まで私は被害者であることを理由に自分の罪悪感を薄めようとしていました。

これは大きな間違いでありすべての罪を罪とするべきだということに気づきました。

私がイジメを行った人つまりは私は非難されるべきですし許されなくても心の底から反省するべきです。

勿論逆の私をイジメた人も同じですが少なとも加害者でもある自分はそれを言う資格はないと思う。

何故深刻さに気づいたか

イジメ加害者がネットで非難されていたのを見た事と自分がされた事としたこと同じことなのではないとかと考えるようになった。

反省できない恐怖

イジメ加害者が恐怖などを唱えるなと思うかもしれませんがそれはそうだと思います。

勝手に加害者になっておいてそれを言う資格はありません、ただ書かせてください。

批判されて当然だと思いますし批判してください。

私はイジメを行ったあと自主的に不登校になりました(不登校になった理由は別の理由です。)、勿論それは同情されることではありません、ただ罪悪感には勝てなかったんです。

罪悪感はあります、ただマスコミに出て実名で非難されるようなことはしなかったのです。

本当に反省しているならAbemaの小児性愛者の人のように実名で非難されることを選ぶべきだと思う、それを思ったのは中学2年生の時です。

つまりは反省しているとは言えないと思う。

罪悪感はあります。

ただ、それでも自分を守ろうと保守的になっている。

今の時点では謝罪するべきではないと思う

反省できたかわからない。

また、たとえ反省したとしても2つの意見がありわからないのです。

イジメのを受けた有名人やネットの名無しの人は怯えているから近づくなといいます。

ただ、他のイジメのを受けた有名人や名無しの人はイジメ加害者からの謝罪がないことを恨んでいます。

私はこれがとてもわからない。

最初は手紙でとか考えたりしたが住所が知られているという恐怖を与える可能性がある、実家に送ることも検討したがそれも同様の懸念があります。

どれをイジメとするかわからない

私のイジメ行為はイジメだと思います。

ただ、傍観者はイジメの加害者ではないと思う。

傍観者

傍観者はイジメの加害者といいます。

傍観者は加害者は私は間違いだと思っています。

多分傍観者は標的にされるのを恐れている若しくは見ていて面白いからだと思います。

ただ、見ていて面白いなら他のところでもっと弱い人にイジメをしていると思います。

イジメという異常行為を目の前にして冷静に告発できる人は少なと思う。

勿論イジメを告発したりしたら称賛されるべきだと思いますし私も心から正しい人だと思います。

勿論イジメを煽ったりしたら良くないと思いますがそれはもはや傍観者ではない、イジメ加害者です。

これを書いた理由

イジメをしていない一般人のふりをするのに限界を感じた、騙しているような罪悪感を感じた。

This article was updated on January 6, 2023

nauzome

Comments